知性の限界

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

知性の限界――不可測性・不確実性・不可知性 (講談社現代新書)

20130715 メモ化

index(抽出)

  1. 言語の限界
    1. ウィトゲンシュタイン論理哲学論考, 言語ゲーム
  2. 予測の限界
    1. 帰納法のパラドクス
    2. ポパーの開かれた宇宙
  3. 思考の限界
    1. ファイヤアーベントの知のアナーキズム
    2. ゲーデル不完全性定理 -- 究極の不可知性

1.言語の限界

ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』で「すべての哲学的問題に対して, その本質において最終的な解決を与えた」とした.
哲学的問題だと思っていることは実は"言語"から生じる問題にすぎないという主張. 「善」とは何かという問題を考えても善の定義が曖昧だからいつまでも議論できる, とか.
世界を論理的空間における"事実"の総和と定義した. 事実の"写像"が"命題"であり, その真偽は"真偽関数"によって与えられる.
言語も世界の写像であるのだから, 言語も論理的であるはずだ.
論理的に真偽が明らかに出来る言葉のみが有意味であり, それ以外の言語使用は無意味とした.

ところが, "語り得るものは明らかに語り得る. 語りえぬものについては沈黙しなければならない" という結論自体が自己矛盾をはらんでいる. この言葉そのものが哲学的命題なので, 無意味としなければならない.
そしてウィトゲンシュタイン自身もそれに自覚的であるがゆえに, 論理哲学論考の最後で

私の命題は, それを理解する読者がそれを通りぬけ, その上に立ち, それを見下ろす高さに達した時, 最後にはそれが無意味であると悟る. いうなれば, 梯子を登り終えた後にその梯子を投げ捨てなければならない

と語っている.

論理哲学論考』はウィトゲンシュタイン第一次世界大戦に従軍し, 一兵卒から少尉まで上り詰めるほどの激闘のさなかに書かれた断片をまとめあげたものである.

...という話が前段にあり, 文化の違いに触れる. ウィトゲンシュタインは後期にその主張を変えている.

後期ウィトゲンシュタイン「言語の意味とは, その使用である」...どういう文脈で何を使用するか識ることが言語の習得であると.

2.予測の限界

科学的予測の例:
1977年には木星,土星,天王星,海王星が1列に並ぶことがわかっていたため, 惑星の重力を利用して遠方に飛行するスイングバイ航法が開発され, ボイジャー1号2号を打ち上げた.

1959年, カール・ポパーは『科学的発見の論理』において「帰納法」と「確証主義(実例が多いほど正しいとみなす)」を捨て「反証主義」を打ち立てた. 帰納法は存在しない, 経験によって物事を実証することなど出来ない, と.

3.思考の限界

  • ポパー自伝『果てしなき探求』
  • ファイヤアーベント自伝『KILLING TIME -- 哲学, 女, 唄, そして』

ファイヤアーベント『方法への挑戦』で科学には特定の方法などなく"科学は本質的にアナーキスト的行為だ"と主張した. 指導教官に選んだ(本当はウィトゲンシュタインのところに行くつもりだったが直前に他界)ポパーの考えとは異なる.
"Anything goes(なんでもかまわない)". 方法論的虚無論. 反証されて滅びたはずの学説が蘇るとかよくあること. 古代ギリシャの原子論とか地動説とか.

インテリジェントデザイン? インテリジェントにデザインなどされていない. 脳にしたって決して高度なシステムなどではなく, 新たな機能が進化に応じて継ぎ足し継ぎ足しされてきた.

19世紀のドイツの形而上学エドワルト・ハルトマン曰く

現世には幸福がなく, 来世に希望を抱くことも出来ず, 科学の発展がその人間世界を改善することもない.
それならいっそ自殺するほうがマシだが, 人間は宇宙的無意識の一部であるが故に, 人間が己自身を滅ぼしてもいずれ宇宙的無意識が再度我々のような"盲目的知性"に囚われた生命体を生み出し, 同じ悲劇を繰り返す.
そのループを断ち切るため, 科学を進めて宇宙的無意識を宇宙的意識に発展させ, 宇宙の自殺によってすべてを終わらせるべき

// ひどい厨二病だ...