生命とは何だろうか

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〈生命〉とは何だろうか――表現する生物学、思考する芸術 (講談社現代新書)

〈生命〉とは何だろうか――表現する生物学、思考する芸術 (講談社現代新書)

開始2013年4月, しばらく放置して読了2013年6月27日.

感想

後半の芸術のくだりは読みながら要らないのでは? と思ったりいや重要な視点だと思い直したり. ただ科学的事実を書いていく新書ではなく, 思考に刺激を与えることができて楽しめた.
著者はもともと芸術系に進もうとしていたがうっかりバイオの方に進み, その後半歩戻ってきたという流れ. 現在はmetaPhorestという生命アートのラボを運営している.

メモ

構成的生物学
  • 「つくりながら理解する生物学」あるいは「構成的な生物学」
  • 新たな細胞を作る研究はトップダウン型(既存生物のDNAを改変), ボトムアップ型(部品を組み立てる)のふたつの方針がある.

Venterらの人口ゲノム細菌合成実験.

  • 現在の技術で化学合成できるDNAは1000塩基程度.

Venterの人工生命合成実験の流れ. とくにDNA断片の組み上げに着目したFig1.
ゲノムDNAとはとりあえずその生物種の遺伝情報1セット

  • 生命のハッキングであるという批判も

- それがいいんじゃん, と思う

「これは人工生命なのか?」という議論

  • トップダウン型: 生命体であることは間違いない. 人工物なのか? 作ったことになるのかが論点.
  • ボトムアップ型: 人工物であることは間違いない. 果たしてこれは生命なのかということが論点.

"ゲノムDNAとは, とりあえずその生物種の遺伝情報1セットのことです"

人工細胞の定義(by ショクタック, ルイージら)

  1. 自己増殖すること
  2. 代謝能を持つこと
  3. 遺伝情報を持っていること

東大の菅原らがリボソームの中にDNAを入れるとどうも物理的に分かれて増殖しやすくなることを発見.
核酸分子そのものがダイレクトにリボソームの肥大化/分裂を媒介する点が面白い

試験管内のタンパク質合成
例: 東大上田らによるPUREシステム. 無細胞翻訳系. リボソームと翻訳因子だけを入れて試験管内でタンパク質を合成させることに成功.
学部時代の研究室で使ってたな. RNAやなによりリボソームがデリケートすぎてかなり実験の再現に苦労していた.


システム生物学 -- 生命をシステムとして記述する.
歴史はベルタランフィ『一般システム論』やノーバート・ウィーナー『サイバネティックス』まで遡る.

合成生物学 --
ステファヌ・ルデュック『生命の機構(Mechanism of life)』1911年(!) においてはじめてsynthetic biologyという言葉が使われた.

同ルデュックによる "生きていることの本質たる機能"

  1. エネルギー変換機であること: 外部からエネルギーを受け取り, 外部に別の形で放出
  2. 物質変換機であること: 環境から物質を受け取り, 別の化学物質の形に変換
  3. 形態変換機であること: シンプルな形から複雑な形態に変化していく


生命の自然発生論をキリスト教的に見ると, 神の意志に関係なく生命が自然に発生してしまうというのは非常に具合が悪い

日本において合成生物学のさきがけと言えるのは柴谷篤弘. 1960『生物学の革命』で, 生物学の目的を「生命とは何かの理解」から「生物を人工的に作る」に切り替えることを提言している.
柴谷による生物モデル

  1. エネルギー転換系であること
  2. 系は自己保存の機構を持つこと
  3. 系は自己増殖の機構を持つこと

1974年, プライス『生命の合成』. 当時10年間ほどの研究を総説的にまとめた本で, 原著を当たるときの道標にもなる本.

以上のように1970年代には現在の合成生物学の基盤となる哲学はすでにかなり出ていた.
// 当時は突拍子もなさすぎたんだろうと想像. もし現在, 2050年の常識が提唱されているとすればそれはいま突拍子もなく見えているはずだ.

1980年代に入ると遺伝子工学の台頭により, 生命の「合成」は下火になり, 「遺伝子の解析」あるいは「改変」が主流になった.
1980年代で「構成的生物学」方面での進捗はなかったかというとそんなことはなく, コンピュータシミューレーションが流行った.


生命の定義を突き詰めるとチューリングテスト的な間主観判断を抜きにして論じられない.

生物学の記述様式は「分子Aは分子Bを"認識"し, 遺伝子Xの発言を"誘導"する. hogeはfugaに"応答"する」などと擬人化が盛ん.
別の文化圏から見れば過度に擬人的すぎるかもしれない.

DNA二重螺旋構造の発見と遺伝暗号の解読は「情報性を備えた分子」という概念を確立した.
DNA->DNA, DNA->RNA, RNA->Proteinというセントラルドグマは「情報の流れ」として生命を語る象徴的概念.

生物と芸術

"芸術とは「感得されるもの」であって, 「作品と人間との対象関係の中で成立してくるものである」" p.221


アート/社会活動の例

  • 採取した細胞を試験管内で育てて形を作る, 組織培養工学アート
  • iGEM. ラボでは指導教官が考える研究テーマだが, iGEMは学生自身が考えて実験までやるのが特徴.
    • 論文を見ると"こうするとこうなります"という軽さ. 重厚な目的, 前口上がない. こうした「軽さ」も大事ではないか.

遺伝子工学自体は難しくない. キットを買えば学生でもできるようになる.
が, 遺伝子組み換えを自宅でやると規制に抵触する.
// どんな規制? 罰則や, 規制に従うための申請手続きを調べてみたい.

個人がポケットマネーで遺伝子組み換えすることの"政治的"意味
「科学研究を職業科学者の専有から開放する」
科学と知識の偏在が崩れ, 科学の独走などの問題にフィードバックがかかっていくのではないかと.

Fig

Fig1