九十九十九

九十九十九 (講談社ノベルス)
九十九十九 (講談社ノベルス)
講談社 2003-04-05
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愛情というものは、苦しみを乗り越えることをシステマティックに組み込むことで、怪物へと育ってしまう。そこから逃れることができなくなってしまう。だから人は、苦しみの多い愛情を、もしそこから逃れるつもり/可能性/ひょっとしたら・あるいはという選択肢があるならば、長い時間継続させない方が賢明だ。苦しみがあるのなら、その愛情は諦めて、別の相手を探した方がいい。世界には他にも自分の愛情を注ぎたくなる人間がたくさんいる。
苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ。
(p.15)

人間は<小さくあること>や<限りを与えられること><何でもないという存在であること>を嫌がりやすい生き物なんですね。それゆえ成長することは絶対的にポジティブに捉えられ誰かに認められたいと願い長寿や不老不死を求めたりする。
(p.98)

存在することをすべて把握して、そん中の全ての可能性から真実を選ぶというのが名探偵の役割なら、それは既に無理なんだよ。さっきも言ったように、人間の知識には必ず限界がある。知らないことがある。名探偵が人間である以上、知らないことがあるし、知らないことがある以上、本当の意味での全ての可能性というものを検討できたりはしない。だから何度も言ってるでしょ。ネコは自分が担当した事件を解決させるだけでいいの。真実よりもまず解決がえられればそれでよしなんだよ。事件の関係者の皆に日常が戻ってくればそれでよしなの。
(p.134)

「どこにも傷なんてつかない」。疑われたくらいでどこにも傷なんて作らない。
「心にも?」
また<心>だ。「心も傷なんてつかないよ。心は本来的には愛情を作り出す装置なんだから。前にも言ったけど、心は間違えたり勘違いに気づいたりするから乱れるんだよ。間違えなければ乱れないし、勘違いしなければ乱れない」
「ツトムは頭いいからね」
「頭が良いのとは違う。僕は知っていることと知らないことをちゃんと分けてるだけ。他の人の中には、知らないことも知ってるつもりになる人がいて、そういう人が間違えたり勘違いしたりする」
「人は期待したり、なんか、いいイメージを抱いたりするんだって」
「その不確実性が間違いや勘違いの原因で、それが心を乱して、言ってみれば、傷を付けるんだよ。でも心に傷を付けるという言葉は本当はおかしくて、傷を付ける原因は、結局間違えたり勘違いしたりした自分にあるんだから、誰か他の人に攻撃されたような言い方は適切じゃない」
(p.195)

本物の特権的な死というのはあくまでも自分の死を死ぬことである。自分の欲しいものを手に入れて死ぬことである。威厳。尊厳。周囲の人間が自分を失うことで悲しんでくれること。惜しんでくれること。もう少し生きていて欲しいと求められること。良い思い出。満足感。自信。良い人生を送ったという自負。このように死ねてよかったという死を死ぬ喜び。
推理小説の中の死にそういうものはない。
(p.273)

「外にはまだもう一人の九十九十九が僕たちを探している」
「一人目だね」
「オリジナルだよ」
「つまり僕たちは『第五話』、『第七話』のタイムスリップのせいで起こったコピーなのか」
「そうだね。コピーと言っても、オリジナルと大差ないさ。オリジナルだって、本当の体験なんて一つもない。これは全部お話なんだ。まあでも夢を仮定的に現実と捉えて考えると、オリジナルの<経験>とはこういう流れになっている。『第一話』『第二話』『第三話』、そして『第四話1』と『第五話1』、タイムスリップのせいで発生した『第四話2』と『第五話2』、『第六話1』と『第七話1』、そして再びタイムスリップしたせいで今オリジナルは『第六話2』を生きてるところさ。大変なもんだよ。僕らの暗い部分を全部引き受けて体験してもらえてるんだからな。まあその経験のおかげで余計な<成長>を手にして、今の虐殺があるわけだ。言っている意味はわかるよね」
「もちろん。君の頭を僕も持っているからね。つまり僕はこれまでに読んだ『第一話』『第二話』『第三話』『第五話』『第四話』『第七話』は、オリジナルにとっての『第一話』『第二話』『第三話』『第五話1』『第四話2』『第七話1』でしかないってことだろう。つまり僕が読んだ『第四話』=『第四話2』の<穙>=九十九十九はオリジナルの九十九十九じゃなくて、タイムスリップのせいで発生したもう一人の九十九十九、つまり君なんだね」
「その通り」と二人目が言う。
(p.546)

一度愛して手に入れたものを自意識のために捨てるのは愚か者さ。自己像を修正することにそれほどの価値はない
(p.550)

そしてその姿を見たからこそ、この世界の完璧さが身に沁みて判った。僕の三つの頭は完璧な働きぶりでこの世界を徹底的に構築している。(略)もし僕が永遠に何も学ばず、成長しなければ。でも奇形の僕も当たり前の人間だから成長する。僕の脳のプログラムも完璧すぎて、僕の学習と成長の不可避を既に予測していたらしい。だから僕は敢えて女の子と付き合い、殺人事件を解決したのだ。女の子と付き合えばいろんな経験をする。子供もできたりする。殺人事件を解決したらいろんな人と会う。社会経験も増える。論理的な思考も発達する。論理的な思考が発達すれば、僕が求めた全てのプログラムは破壊される。そういうふうにそもそもできているのだ。殺人事件を解決することが人間としての成長を促し、最終的な自己発見へと僕を導くようにこのプログラムはできていたのだ。これは長い時間をかけた自己破壊のためのプログラムだったのだ。いや、破壊するのはあくまでのプログラムで、僕はそうならない。妄想の世界から外に出るだけだ。僕にとってはもちろんそれは成長の一歩だ。喜ばしい出来事なのだ。本来は。
でも僕は怖い。
今垣間見た僕の本当の姿が怖い。僕のことを受け入れてくれる人間は誰もいないはずだ。僕は怪物だ。誰も僕なんて愛してはくれないだろう。
(p.555)

三位一体。九十九十九。全てに意味がある。意味がありすぎる。これは物語だからしょうがないのか。現実の世界にはこんなことは起こらないのだろうか。
(p.580)

一度決めたことも決断だが、それをひっくり返すのも決断だ。文句は言わせない。僕が神だ。神を名乗っているだけの偽物の可能性もあるが、それを疑っていてはきりがないで僕が神であるという結論で決断。僕は神だ。
(p.596)

だからとりあえず僕は今、この一瞬を永遠のものにしてみせる。僕は神の集中力をもってして終わりまでの時間を微分する。その一瞬の永遠の中で、僕というアキレスは先を行く亀に追いつけない。
(p.598)